エンジンの慣性力と慣性偶力の概論

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単気筒エンジンの往復運動部の慣性力について

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クランクシャフトを中心とし時計の針の12時の位置から右回りのクランクシャフトの角度をθとする。
クランクピンが水平方向の位置に来ているとき、ピストンはストロークの丁度半分の位置に来ていると思われるが実が違っている。
下のグラフをみるとわかるとおり、クランクピンが水平位置(θ=90度)に来ているときのピストンピンの位置はコンロッドが傾いているのでストロークの半分より下側に来ている。
これによりピストンが上昇するときと下降するときで速度が異なり、アンバランスの原因が発生する。
角度θ=

θ SVGの代替画像

クランクシャフトからの上下方向のピストン位置

s:ストローク
λ:l/s 連桿比(れんかんひ)の1/2
l:コンロッド長さ=λs
クランクピンの横方向の位置は
\displaystyle \frac{s}{2} \sin \theta
鉛直線とコンロッドがなす角度をβとおくと上死点からピストンピンまでの距離は
\displaystyle x=\frac{s}{2}(1-\cos \theta)+\lambda s(1-cos \beta)
\displaystyle l \sin \beta=\frac{s}{2} \sin \theta
\displaystyle \sin \beta=\frac{s}{2l} \sin \theta=\frac{\sin \theta}{2 \lambda}
\displaystyle \cos \beta=\sqrt { 1-\sin ^2 \beta}=\sqrt { 1-(\frac{\sin \theta }{2 \lambda})^2}
\displaystyle =\sqrt { 1-\frac{\sin ^2 \theta }{4 \lambda ^2}}
\displaystyle x=\frac{s}{2} (1-\cos \theta) +\lambda s (1-\sqrt { 1-\frac{\sin ^2 \theta }{4 \lambda ^2}})
平方根が含まれるので、平方根を含む式を級数展開すると以下の通りとなる。
\displaystyle Y=\sqrt(1-X)= 1-\frac{X}{2} - \frac{X^2}{8}-\frac{X^3}{16}-\frac{5X^4}{128}-\frac{7X^5}{256} - \cdot \cdot \cdot
\displaystyle X=\frac{\sin ^2 \theta }{4 \lambda ^2}
を上式に代入して解く
\displaystyle x=\frac{s}{2} (1-\cos \theta) +\lambda s (\frac{\sin^2 \theta}{2*4 \lambda^2}+\frac{\sin^4 \theta}{8*4^2 \lambda^4}+\frac{\sin^6 \theta}{16*4^3 \lambda^6} \cdot \cdot \cdot)
\displaystyle =\frac{s}{2} (1-\cos \theta) +\lambda s (\frac{\sin^2 \theta}{8\lambda^2}+\frac{\sin^4 \theta}{128\lambda^4}+\frac{\sin^6 \theta}{1024\lambda^6} \cdot \cdot \cdot)
\displaystyle x \fallingdotseq \frac{s}{2} (1-\cos \theta) +\lambda s (\frac{\sin^2 \theta}{8 \lambda^2}+ \frac{\sin^4 \theta}{128\lambda^4}+ \frac{\sin^6 \theta}{1024\lambda^6})
\displaystyle \sin ^2 \theta=\frac{1-cos 2\theta}{2}
\displaystyle sin ^4 \theta=\frac{3- 4 \cos 2 \theta + \cos 4 \theta}{8}
\displaystyle sin ^6 \theta={{-\cos \left(6\,\theta \right)+6\,\cos \left(4\, \theta \right)-15\,\cos \left( 2\,\theta \right)+10}\over{32}}
6乗については、Xmaximaを使用して解きました。

(%i1) trigreduce( sin(x)^6 );
        - cos(6 x) + 6 cos(4 x) - 15 cos(2 x) + 10
(%o1)   ------------------------------------------
                             32
\displaystyle x \fallingdotseq \frac{s}{2} (1-\cos \theta) + \frac{s}{16\lambda}(1-\cos 2 \theta)
\displaystyle +\frac{s}{128 \lambda^3}\frac{3-4 \cos 2 \theta + \cos 4\theta}{8}
\displaystyle +\frac{s}{1024 \lambda^5}\frac{-\cos 6\theta + 6 \cos 4 \theta -15 \cos 2 \theta + 10}{32}
\displaystyle =\frac{s}{2} (1-\cos \theta) + \frac{s}{16\lambda}(1-\cos 2 \theta)
\displaystyle +\frac{3s}{1024 \lambda^3} -\frac{4s}{1024 \lambda^3} \cos 2 \theta +\frac{s}{1024 \lambda^3} \cos 4 \theta
\displaystyle -\frac{s}{32768 \lambda^5} \cos 6 \theta + \frac{6s}{32768 \lambda^5} \cos 4 \theta - \frac{15s}{32768 \lambda^5} \cos 2 \theta +\frac{10s}{32768 \lambda^5}
\displaystyle =\frac{s}{2} (1-\cos \theta) + \frac{s}{16\lambda}(1-\cos 2 \theta)
\displaystyle -\frac{4s}{1024 \lambda^3} \cos 2 \theta - \frac{15s}{32768 \lambda^5} \cos 2 \theta
\displaystyle +\frac{2}{1024 \lambda^3} \cos 4 \theta + \frac{6s}{32768 \lambda^5} \cos 4 \theta
\displaystyle -\frac{s}{32768 \lambda^5} \cos 6 \theta
\displaystyle +\frac{3s}{1024 \lambda^3}+\frac{10s}{32768 \lambda^5}
次数が大きくなれば急速に分母が大きくなる。通常完全バランスというのは2次慣性力まで扱うので、通常は以下の式が使われる。
x \fallingdotseq \frac{s}{2} (1-\cos \theta) + \frac{s}{16\lambda}(1-\cos 2 \theta)

ピストンの速度

ピストンの速度は、ピストン位置を微分したものである。
エンジン回転数をn(rpm)と置くと
\displaystyle \omega = \frac{\pi n}{30}
\displaystyle x= \frac{s}{2} (1-\cos \theta) +\frac{s}{16 \lambda}(1-\cos 2\theta)
\displaystyle v=\frac{dx}{d \theta}=\frac{\omega s}{2} \sin \theta + \frac{\omega s \sin 2 \theta}{8 \lambda}
\displaystyle =\frac{\omega s}{2} (\sin \theta + \frac{1}{4 \lambda} \sin 2 \theta)
2次以降も含めると以下の通りとなる。
\displaystyle =\frac{\omega s}{2} (\sin \theta + \frac{1}{4 \lambda} \sin 2 \theta)
\displaystyle +\frac{\omega s}{2} (\frac{8s}{1024 \lambda^3}\sin 2\theta+\frac{30s}{32768 \lambda^5} \sin 2 \theta
\displaystyle -\frac{8s}{1024 \lambda^3}\sin 4\theta-\frac{24s}{32768 \lambda^5}\sin 4 \theta
\displaystyle +\frac{6s}{32768 \lambda^5} \cos 6\theta )

ピストンの加速度

ピストンの加速度は、ピストン速度を微分したものである。
\displaystyle v=\frac{\omega s}{2} (\sin \theta+\frac{1}{4 \lambda} \cos 2 \theta )
\displaystyle a=\frac{\omega^2 s}{2} (\cos \theta+ \frac{1}{2 \lambda} \cos 2 \theta)
2次以降も含めると以下の通りとなる。
\displaystyle a=\frac{\omega^2 s}{2} (\cos \theta
\displaystyle +\frac{1}{2 \lambda} \cos 2 \theta+ \frac{1}{64 \lambda^3} \cos 2\theta+\frac{15}{4096 \lambda^5} \cos 2\theta
\displaystyle -\frac{1}{32 \lambda^3} \cos 4\theta-\frac{3}{1024 \lambda^5} \cos 4 \theta
\displaystyle +\frac{9}{8192 \lambda^5} \cos 6\theta)

ピストンの往復運動に伴う慣性力

ピストンの加速度に往復部の重量(M)を乗じたものである。
\displaystyle a=\frac{\omega^2 s}{2} (\cos \theta+ \frac{1}{2 \lambda} \cos 2 \theta)
\displaystyle F=M \cdot a=M \frac{\omega^2 s}{2} (\cos \theta+ \frac{1}{2 \lambda} \cos 2 \theta)
2次以降も含めると以下の通りとなる。
\displaystyle F=M \cdot a=M \frac{\omega^2 s}{2} (\cos \theta
\displaystyle +\frac{1}{2 \lambda} \cos 2 \theta+ \frac{1}{64 \lambda^3} \cos 2\theta+\frac{15}{4096 \lambda^5} \cos 2\theta
\displaystyle -\frac{1}{32 \lambda^3} \cos 4\theta-\frac{3}{1024 \lambda^5} \cos 4 \theta
\displaystyle +\frac{9}{8192 \lambda^5} \cos 6\theta)
\displaystyle =M \cdot a=M \frac{\omega^2 s}{2} (\cos \theta
\displaystyle +( \frac{1}{2 \lambda} + \frac{1}{64 \lambda^3} +\frac{15}{4096 \lambda^5}) \cos 2\theta
\displaystyle -(\frac{1}{32 \lambda^3} +\frac{3}{1024 \lambda^5}) \cos 4 \theta
\displaystyle +\frac{9}{8192 \lambda^5} \cos 6\theta)
VQ30DEエンジンの場合、書籍 日産V型6気筒エンジンの進化 P133,P126によると以下の緒元である。
ボア 93.0mm
ストローク 73.3mm
ピストン重量  490g
コンロッド重量  550g
コンロッド中心間距離 147.15mm
往復部重量  673g(ピストン+コンロッドの1/3)
ボアピッチ 108mm
バンク間オフセット 40mm
連桿比 147.15/(73.3/2)=4.02
上記の式にVQ30DEの緒元を当てはめ、1次慣性力を100とすると高次の慣性力は以下のとおりである。
1次慣性力   100
2次慣性力   12.46
4次慣性力   0.04882
6次慣性力   0.000105
高次になるほど急速に慣性力が小さくなるのがわかる。
慣性力はエンジンの回転速度の二乗に比例して大きくなり、ストロークが少ないほど、連桿比(れんかんひ)が大きいほど小さくなる。
高回転向きのエンジンでは、ピストン速度を抑える意味もあり、ショートストロークとし、連桿比を大きくとる。

単気筒エンジンに対するバランスウェイト

クランクピンやクランクのウェブ等が回転すると遠心力が発生する。まず、これを打ち消すためにクランクピンと反対方向にウェイトを設置する。
さらに往復運動に伴う慣性力を打ち消すためにウェイトを追加する。
ピストンが上死点時の時の往復部分の慣性力と回転部分の遠心力とウェイトによる遠心力が釣り合っている時をオーバーバランスが100%である。
この時、往復部分の慣性力は釣り合っているが、左右方向にはウェイトの遠心力が慣性力と同じ分発生してしまうので通常は、オーバーバランス100%にはしない。
ウェイトの重量をMw、ウェイトの重心までの距離をrwとすると遠心力は以下の通りとなる。
Fw=Mw \cdot \omega ^2 rw
遠心力を鉛直分力Fwvと水平分力Fwhに分解する。
Fwv=Mw \cdot \omega ^2 rw \cos \theta
Fwh=Mw \cdot \omega ^2 rw \sin \theta

多気筒エンジンの慣性力

通常、点火を等間隔にさせるため、N気筒のエンジンの場合、各気筒の角度差は4π/Nとする。
任意の次数に対する各気筒の慣性力の三角関数部分の合計は以下の式で表せる。

直列エンジンの各気筒の慣性力の合計

点火が等間隔の場合、n次の慣性力は以下の式で表せる。
\displaystyle h=\frac{4 \pi}{N}
\displaystyle S=\cos n \theta + \cos n(\theta+h)+ \cdot \cdot \cdot \cos n(\theta+(h (N-1)))
\displaystyle =\frac{\sin N \frac{nh}{2}}{\sin \frac{nh}{2}} \cos n(\theta + \frac{N-1}{2}h)

\displaystyle \frac{\sin N \frac{nh}{2}}{\sin \frac{nh}{2}}=\frac{\sin 2 \pi n}{\sin (n \frac{2 \pi}{N})}
が0になる条件は、
\displaystyle u=\frac{2n}{N}
上記の式でuが整数である場合である。
各直列エンジンに当てはめ求めると以下の通りとなる。
気筒数 1次 2次 4次 6次
2 1 2 4 6
3 0.66667 1.33333 2.66667 4
4 0.5 1 2 3
5 0.4 0.8 1.6 2.4
6 0.33333 0.66667 1.33333 2
uが整数の場合、慣性力がキャンセルされていない。
慣性力がキャンセルされない場合は、すべての気筒が同じ方向に慣性力が働いているので慣性力は単純に単気筒の気筒数倍となる。
奇数気筒エンジンは、振動の次数が多くなっても、360度の倍数とならないので、慣性力が高次までキャンセルされる。
しかしエンジンの前後方向が対称でないため慣性偶力が発生する。
ちなみに1次でバランスしているエンジンに付加するウェイトはカウンタウェイトと呼んでいる。
完全バランスの直列6気筒ではウェイトなしでエンジン全体としては慣性力が働かないが、シリンダごとに見れば慣性力が働きシリンダを揺り振動や曲げ振動を生じさせる。特に長いクランクシャフトの場合は問題になる。これらを低減するために、エンジンがバランスしていてもシリンダごとにウェイトを設ける。

V型エンジンの慣性力

直列エンジン傾けてを2個連結したエンジンとして解析できる。
まず、各バンクの上死点下死点方向の慣性力を求め、鉛直方向の慣性力を求める場合はcos(α)を乗して左右バンクを加算すればよい。
水平方向の慣性力を求める場合はsin(α)を乗して左右のいずれかの符号を反転させて加算すれば良い。
R Rh Rv α L Lh -Lh Lv α 0 x y SVGの代替画像
αがバンク角の半分の角度、Lが左側の上死点下死点方向の力、Rが右側の上死点下死点方向の力、LhはL水平方向の成分、LvはLの鉛直方向の成分、RhはR水平方向の成分、RvはRの鉛直方向の成分を表す。
各成分は以下の式で算定できる。αが30度の場合も示す。
\displaystyle Lh=L \cos \alpha=\frac{ \sqrt 3}{2} L
\displaystyle Lv=L \sin \alpha=\frac{1}{2} L
\displaystyle Rh=R \cos \alpha=\frac{ \sqrt 3}{2} R
\displaystyle Rv=R \sin \alpha=\frac{1}{2} R
水平方向を合成する場合、例えば右側の力を正とする場合、左側は反対向きなので、符号を反転して加算する。

多気筒エンジンの慣性偶力

エンジンの前後方向の中心に対して、前後のシリンダが対称の動きをしていない場合、エンジンの前後方向中心に対してエンジンが前後に揺れたり、左右に揺れたりする。
1 2 3 a a SVGの代替画像
例えば直列3気筒エンジンの場合、前後方向の中心は2気筒目である。1気筒目に対して3気筒目は120度遅れて上死点となる。
エンジン前部すなわち1気筒目の上死点方向を(+)としてエンジンの中心に対して回転させようとするモーメントを計算する方法は以下のとおりである。

1気筒目

中心に対してボアピッチa分の距離がある。
一次慣性力の三角関数部分のみ抽出すると
\cos \theta
モーメントは、力×距離なので、
M1=a \cos \theta

2気筒目

中心に位置するため距離が0なのでモーメントは発生しない。
M2=0

1気筒目

中心に対してボアピッチa分の距離がある。
1気筒目を基準にしており3気筒目の動きは1気筒目を中心に対して逆方向に動かそうとする力なので符号を逆にする。
一次慣性力の三角関数部分のみ抽出すると
\displaystyle \cos (\theta - \frac{1}{3} \pi)
モーメントは、力×距離なので、
\displaystyle M3=-a \cos (\theta-\frac{1}{3} \pi )

エンジン全体の1次慣性偶力

各気筒のモーメントを合計すると
\displaystyle M=M1+M2+M2=a \cos \theta-a \cos (\theta-\frac{1}{3} \pi )
\displaystyle =-a \sqrt 3 \sin (\theta -\frac{1}{3} \pi)
エンジンの回転に合わせてエンジンが前後にシーソのように動くことが式からわかる。
実際の偶力は
\displaystyle -\frac{M \omega ^2 s}{2} a \sqrt 3 \sin (\theta -\frac{1}{3} \pi)
となる。
Mは1気筒あたり往復部の重量である。
この様な偶力は、直列エンジンでは奇数気筒のエンジン、V6、V8、V10で発生する。
一次偶力を打ち消すために、前後の気筒のカウンタウェイトを大きくしたりバランスシャフトを用いる。